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by sinsama2
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2006.3.17 慎之介の軌跡  その4

 小生、中川区では小学校1年生まで住んでおりました。しかしながら、記憶がほとんど断片的にしか覚えておりません。どんな友達がいたのか、どんな遊びをしていたのか、思い出せる事柄をランダムに書き連ねてみたいと思います。

 当時は、おもちゃなんぞ全く買ってもらった記憶はございません。いつも、ゴミ捨て場まで、オヤジといっしょに行き、そこで使えそうなおもちゃを拾ってきては、使用して遊んでいたような記憶がございます。近所の砂場でダンプカーのおもちゃで遊んでおりましたな~

 それとであります。当時のトイレは、皆「ポッチャン式」のトイレでございました。ウンチをすると、溜まっているものが、跳ね返ってお尻につくことがございました。なはは ♪
 したがいまして、定期的にバキュームカーなるものが、巡回してトイレの壺に溜まっております「代物」を吸い取ってもらっておりました。

 どうも、小生は、バキームカーが来るたびに、走り回って車を追いかけていたようであります。当時は、「大きくなったら、バキュームカーの運転手になりたい!」などと言っていたようであります。

 一つでありますが、母に一番怒られた遊びがございました。市営住宅の周りは田んぼばかりでありまして、その田園地区の隅に、焼き場がございました。ゴミを燃やす所ではありません。
 死んだ人を焼く「焼き場」であります。小生は確か近所の子供と一緒に、その焼き場で遊んでいたようでありまして、落ちていた人骨「指の骨」を自宅に持ち帰り、喜び勇んでお土産のようにして、母に見せたところ、こっぴどく怒られました。このことだけは、鮮明に覚えております。

 あと、鮮明に覚えていることがありまして、我が家の中で、母と近所のおばちゃんが大げんかをしていたことであります。普段は割と仲良くしていた二人だったと思われますが、「殺すぞ!やれるものならやってみい!」などと近所に聞こえるぐらいの大声でケンカを始めておりまして、恐ろしくて小生は自宅の外から眺めておりました。
 そのうち、近所の人たちが集まりだしまして、刃物ざたになる前にケンカが終わったように思われます。思い出すたびに、スゴイ迫力がありました。母はケンカが強かったですわ~

 ところでであります。小生は小学校に入る前に「小児結核」を患ってしまっております。外遊びもあまり出来なくなり、小学校に入学した時に、体育の授業は全て欠席となってしまっておりました。その病気も、1年生の後半には、なんとか直ったようであります。

 とにかく、この時期の記憶は、断片的にしか覚えておりませんでして、忘れていることが多いのですわ~

 では、今回はこのあたりで失礼いたします。(^^)
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by sinsama2 | 2006-03-17 23:40 | 慎之介の軌跡