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by sinsama2
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2005.5.3 THA GENIUS OF SOULES

 今年の大型連休は、家庭の事情もありまして、遠出をすることができません。従いまして、昨日は仕事に行きましたが、その前の3連休は、市内から出ておりません。

 今日も、先日レンタル屋さんから借りておりましたDVDを先ほど見てました。レイ・チャールズの「ザ・ジニアス・オブ・ソウル」を一人見てました。

 レイさん、7歳で失明されておりまして、家庭も父親が鉄道敷設の仕事でほとんど家にいない状態。弟さんが5歳で亡くなってしまっています。お母さんは、レイが独り立ちできるように、目が見えなくても、何でもさせる教育をしていたようです。

 レイさんは、遠くの盲学校に寄宿生活を送るわけですが、その時には、クラッシックばかりの勉強のようでしたが、故郷の教会でのゴスペルや小さな音楽ハウスでのブギウギの影響を受けていたようでして、隠れてはそちら方面の練習をしていたそうです。
 この、盲学校時代にお母さんが亡くなります。死に目にも会えなかったそうです。

 レイさん、その後に、音楽で身を立てようと必死でした!ナット・キング・コールやその他有名ミュージシャンの物まねで活動をしていたのですが、自分のカラーを出したい!という気持ちと、怖い!という気持ちの狭間で苦悩していたのと推察されます。

 その後、運良く「アトランティク・レーベル」に見出され、R&Bを確立することに・・・・・その時期には、凄腕ミュージシャンをバックに従えての演奏をしていますが、バックのメンバーが苦労していたとか。音楽に対しては、レイさん、かなりの厳しさを持っていたのでしょう。さすが、プロであります。

 「アトランティック」の後に、「ABSレーベル」へ移籍します。その時には、「カントリー・ミュージック」をしたい!との意向があり、他のミュージシャンの不安もなんのそのでありまして、有名な「愛さずにはいられない」という曲を大ヒツトさせます。

 このビデオ、あまり知らなかった「レイ・チャールズ」の知識の幅が広がり、得した気分になりました。

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by sinsama2 | 2005-05-03 14:16 | 映画・音楽