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by sinsama2
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2009.2.17 紅梅の城

 日曜日にライブのため松阪に行ったのでありますが、「マクサ」の開演まで時間がありましたので、松阪城なるものを散歩がてら行って参りました。
 行きましたところ、天守閣等の建物は存在しておりませんでした。かなり、立派な石垣が現存しておりまして、なかなか規模としては大きなお城であったものと感じたところであります。

 調べましたところ、松阪城とは、1584年(天正12年) 近江国日野城6万石の蒲生氏郷が伊勢国12万3千石を与えられ松ヶ島城に入城し、その後、1588年(天正16年) 現在の城地である飯高郡矢川庄の四五百森(よいほのもり)に新たに築城したとのことであります。

 城は東に大手、南に搦手を配し、外郭に深田堀及び水堀を巡らせた。四五百森北峰に本丸を配し、その南側に二の丸が置かれた。本丸には3重5階の天守が構えられた。城下町建設にあたり松ヶ島住人を強制的に移住させ、旧領の近江商人を町の中心部に呼び寄せて日野町とし楽市楽座を設けた。また、湊町に伊勢大湊の豪商角屋氏を呼び寄せ、これにより商都松阪の礎が築かれた、とWikipediaには記載されておりました。

 その後の、1590年(天正18年)に、蒲生氏郷は小田原の役の軍功により陸奥国会津60万石の大封を得て会津若松城に移り、代わって服部一忠が入城したとのことであります。
 そして、明治4年には廃藩置県により廃城となり、明治10年に失火により二の丸御殿が焼亡され、明治14年頃までには他の建造物も概ね破却されたようです。現在は殿町御城番に米倉のみが現存しております。

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 上の写真のように、立派な石垣なのであります。歩いて、てくてくと登って参りますと、最初の平場にたどり着くのでありますが、そこから展望します松阪市街の景色がなかなか良いものでありました。夜になりますと、さぞかし綺麗な夜景を楽しめるものでは、と感じ入った次第であります。

 でも、この写真のように、石垣の上には、転落防止柵が一切設置されておりませんでした、上から下を見ますと、高所恐怖症の小生には辛いものがありましたなぁ~^^

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 この場所から、本丸付近の平場には、もう一つ登る必要がございます。本丸が現存しておりましたら、さぞかし観光客も来ているのでは?と思ったところであります。

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 本丸付近にたどり着きますと、なんともはや、梅の花が結構咲いていたのであります。中には、紅梅というものもございまして、綺麗に咲いておりました。日曜日あたりはかなり暖かかったものですから、一気に咲き出したようなのであります。

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 たまには、このような散策も良いものでんなぁ~^^

 (^_^)v

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by sinsama2 | 2009-02-17 21:07 | その他ボヤキ等